浦和地方裁判所 昭和62年(行ウ)8号 判決 1992年4月27日
埼玉県川口市芝樋ノ爪一丁目八番五〇号
原告
山崎富二郎
右訴訟代理人弁護士
神山祐輔
同
鈴木幸子
同
深田正人
同県同市西川口四丁目六番一八号
被告
西川口税務署長 矢ケ崎一好
右訴訟代理人弁護士
西修一郎
右指定代理人
加藤美枝子
同
三浦正敏
同
小林政夫
同
菅村敬二郎
同
萩原一夫
同
山畑正
同
金子秀雄
同
水野浩
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告が昭和五九年一二月二五日付けでした原告の昭和五六年分所得税に係る更正及び過少申告加算税賦課決定のうち、所得金額については二〇六万円、納付すべき税額については六万四六〇〇円を超える部分、過少申告加算税額については右超過税額に対応する部分を取り消す。
2 被告が昭和五九年一二月二五日付けでした原告の昭和五七年分所得税に係る更正及び過少申告加算税賦課決定のうち、所得金額については二一六万円、納付すべき税額については七万〇二〇〇円を超える部分、過少申告加算税額については右超過税額に対応する部分を取り消す。
3 被告が昭和五九年一二月二五日付けでした原告の昭和五八年分所得税に係る更正及び過少申告加算税賦課決定のうち、所得金額については二三九万円、納付すべき税額については九万一二〇〇円を超える部分、過少申告加算税額については右超過税額に対応する部分(ただし、いずれも異議決定及び審査裁決により一部取り消された後のもの。以下、同じ。)を取り消す。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は茶の小売業を営む者であるが、原告がした昭和五六年分から同五八年分(以下「本件係争各年分」という。)までの所得税に係る確定申告、これに対し被告がした更正及び過少申告加算税賦課決定処分(以下「本件各更正処分」及び「本件各過少申告加算税賦課決定処分」といい、両者を合わせて「本件各課税処分」という。)等の経緯及び内容は別表一ないし三記載のとおりである。
2 しかしながら、本件各課税処分のうち、原告がした各確定申告額を超える部分は実体的にも、手続的にも違法である。
よって、原告は被告に対し、本件各課税処分のうち右各限度を超える部分の取消しを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の主張は争う。
三 抗弁
本件各更正処分は推計課税の方法によってしたものであるが、その経緯及び根拠は次のとおりである。
1 推計課税の必要性
(一) 原告は肩書住所地において「山崎園」の名称で茶の小売業を営んでおり、その所得税については、青色申告書以外の申告書(いわゆる白色申告書)で申告をしている者である。被告は、(1)原告が提出した本件係争各年分の確定申告書には事業所得金額以外の収入金額、必要経費等の記載がないため、所得金額の算出根拠が明らかでなかったこと、(2)原告と同規模程度の同業者のそれと比較して所得金額が過少ではないかと疑われたこと、(3)原告に対しては長期間にわたって税務調査を行っていなかったことなどから、本件係争各年分の所得税について調査の必要があると判断し、所沢税務署所属の係官・篠崎泰治(以下「篠崎係官」という。)にその事務担当を命じた。
(二) 篠崎係官は昭和五九年五月二二日原告宅を訪れ、対応に出た原告に対し身分証明書を提示して「所得税調査のためお伺いしました。」と来意を告げた。そして、「山崎さんの申告書には事業所得の金額しか記載されていないため、収入金額や必要経費の内容を検討したいので、確定申告の基となった売上げ、仕入れ及び経費の帳簿等関係書類を見せてほしい。」と要請した。しかし、原告は「民商の人に依頼している。」、「今日は忙しいから後にしてくれ。」と言い張り、調査に応じようとはしなかった。
そのため、篠崎係官は、後日再度来訪することとし、調査の日時を同年六月六日午前一〇時とすることについて原告の了解を得たうえ、次回は確定申告の基となった関係書類を用意し、調査に協力してほしい旨要請して原告宅を辞去した。
(三) 篠崎係官が右同日午前一〇時ころ、原告宅を訪問したところ、原告のほかに川口民主商工会事務局の金井道夫(以下「金井」という。)が待機していた。そこで、篠崎係官は原告に対し「今日は山崎さんの所得税調査でお伺いしているのであるから、関係のない第三者は退席させ、調査に協力してほしい。」と要請した。ところが、原告は「頼んで来てもらっているのであるから退席させる必要はない。」と言い、右要請に全く応じようとしなかった。また、原告が「調査理由はなにか。」と言うので、篠崎係官は、原告に対して前回と同様の説明をしたうえ、調査に協力するよう再三要請したが、原告は「具体的な調査理由を開示せよ。」、「帳簿書類は見せられない。」、「売上げのレジペーパー、仕入伝票や必要経費の領収書は保存しているが見せられない。」などと繰り返して主張し、調査に応ずる姿勢を示さなかった。このため篠崎係官はやむなく原告宅を辞去した。
(四) その後、同年七月五日にも篠崎係官は原告宅を訪問し、対応に出た原告に対し再度調査協力の要請をしたが、原告は「金井さんに相談したが、調査には協力できない。」、「売上げのレジペーパーや仕入れ伝票は見せられない。」と言うのみで、調査に応じる姿勢を全く示さなかった。そのため、篠崎係官は「調査に協力してもらえないのであれば、税務署独自で調査を行うが、調査に協力するつもりになったら署に連絡してほしい。」と言いおいて原告宅を辞去した。
(五) しかしながら、その後も、原告から何の連絡もなかったため、篠崎係官は、原告の取引先に対する反面調査によって取引の状況を解明する以外にはないものと判断し、原告の得意先等について反面調査に着手した。そして、右調査が最終段階に至った同年一一月二八日午前九時三〇分ころ、原告宅を訪問し、重ねて調査協力を要請したが、原告は「相対では会えない。」、「調査には協力できない。」、「売上げのレジペーパーや請求書は保存してあるが見せられない。」などと繰り返すのみであったので、篠崎係官は原告に対し、反面調査によって把握した所得金額等を開示するとともに、その所得金額が納得できた場合は、修正申告をする方法があることを説明した。これに対して、原告は「収入金額は同じくらいであるが、必要経費がもっと多い。所得が大きすぎる。」と申し立てたが、修正申告はしなかった。
以上のように、原告が調査に全く協力しない状況では、被告は、原告の収入及び必要経費の具体的な数額を確認することは到底不可能であり、実額により原告の所得金額を把握することができなかったので、やむなく反面調査によって把握した仕入金額を基礎として、原告の所得金額を推計によって算定したものである。
2 調査手続の適法性
(一) 第三者の立会いについて
税務職員が質問検査権を行使するときの第三者の立会いについては税理士法(第三四条)に規定があるだけであり、税理士以外の第三者の立会いを拒否するかどうかは権限のある税務職員の合理的な選択に委ねられている。税務調査においては、調査の内容が被調査者に関することのみでなく、その取引の相手方である第三者の営業上の秘密に及ぶことも少なくないことからすれば、被調査者において自己以外の第三者の立会いを要求する権利があるということはできないことは明らかであり、税務調査に際し、調査担当職員がこのような第三者の立会いを拒むことはもとより正当な措置である。
前記の事実経過からすれば、本件において、篠崎係官が川口民主商工会事務局の金井の立会いを拒否したのは右合理的な選択の範囲内のことであり、この点について調査手続に違法はない。
(二) 反面調査について
国税通則法第二四条、所得税法第二三四条第一項は税務職員が税務調査をするについて必要があるときは納税義務者等に対し質問をすることができる旨を規定している。この質問検査の範囲、程度、場所、方法等の実施の細目については、法律上特段の定めがなく、質問検査の必要性と相手方の私的利益との比較衡量において社会通念上相当と認められる範囲である限り、税務職員の合理的な選択に委ねられていると解すべきである。したがって、調査の具体的な理由を開示しなかったり、あるいは納税義務者の同意なしにその取引先、取引銀行等に対して、いわゆる反面調査を実施したとしても、それが社会通念上相当な範囲内で実施された場合には、適法な調査と認められるべきである。
本件においては、被告は原告に対し、調査の必要性(理由)を開示しており、原告は、税務署職員の数回にわたる臨場調査にもかかわらず、帳簿書類及び原始記録を提示せず、また申告所得金額の算定根拠についても具体的な説明をしないなど、調査に全く協力しない態度を示していたのであって、反面調査の必要性があったことは明らかである。調査は社会通念上相当な範囲内で実施されたものであって、この点について調査手続に何らの違法はない。
3 推計課税の合理性
(一) 被告は、原告の本件係争各年分の事業所得金額を算定するについては、反面調査によって把握した仕入金額を売上原価とし、これを比準同業者の売上原価率で除して売上金額を算出し、これに比準同業者の所得率を乗じて所得金額を算出するという方法を採用した。この場合の比準同業者としては、原告の納税地を所轄する西川口税務署並びに近隣の浦和、大宮、川口、川越、所沢、春日部及び越谷の各税務署署内に納税地を有し、原告と同様に「茶の小売業」を営む個人事業者であって、次の(1)ないし(5)に該当する者全てを抽出した。
(1) 昭和五六年分から同五八年分までの所得税を、いわゆる青色申告により確定申告した者であること。
(2) 本件係争各年分につき「売上原価」が次の範囲内のものであること(原告の本件係争各年分の売上原価のおよそ二分の一以上二倍以下の者であること。)、すなわち、昭和五六年分 一九一〇万かから七六四〇万円まで、昭和五七年分 一九九〇万円から七九六〇万円まで、昭和五八年分 二一八〇万円から八七二〇万円まで。
(3) 右各年分において、一年を通じて茶の小売業を継続して営んでいた者であること。
(4) 災害等により、経営状態が異常であると認められる者以外の者であること。
(5) 税務署長から更正又は決定処分を受けている者にあっては、国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間が経過している者並びに当該処分に対する不服申立中及び訴訟中でない者であること。
(二) 昭和五六年分について
(1) 売上原価 三八二九万二九二八円
山崎篤太郎ほか二七名からの仕入金額の合計額である。原告の本件係争各年分の期首、期末棚卸高が不明であり、原告の事業内容及び事業規模に著しい変動があったとも認められないから、仕入金額を当該年分の売上原価とした。その内訳は別表四「仕入金額一覧表」の昭和五六年分の欄記載のとおりである。
(2) 差益率 二七・六五パーセント
原告の売上金額が不明であることから、前記の基準で抽出した比準同業者の差益率(売上金額に占める差益金額「売上金額から売上原価を控除した金額」の割合)を求め、その平均を算出した数値である。その具体的な算出根拠は別表五「同業者率表(昭和五六年分)」記載のとおりである。
(3) 所得率 一二・八一パーセント
原告の必要経費が不明であることから、比準同業者の所得率(売上金額に占める所得金額「いわゆる青色申告の特典控除前の金額」の割合)を求め、その平均を算出した数値である。その具体的な算出根拠は別表五「同業者率表(昭和五六年分)」記載のとおりである。
(4) 事業所得の金額 六七七万九九九一円
売上原価を、比準同業者の昭和五六年分の売上原価率七二・三五パーセント(一〇〇マイナス前記差益率の平均)で除して算出した売上金額五二九二万七三三六円に前記所得率を乗じて算出した数値である。
(三) 昭和五七年分について
(1) 売上原価 三九八八万五三五八円
山崎篤太郎ほか二四名からの仕入金額の合計額である。その内訳は別表四「仕入金額一覧表」の昭和五七年分の欄記載のとおりである。
(2) 差益率 二八・七七パーセント
昭和五六年分と同様の方法により算出した数値である。その具体的な算出根拠は別表六「同業者率表(昭和五七年分)」記載のとおりである。
(3) 所得率 一三・四三パーセント
昭和五六年分と同様の方法により算出した数値である。その具体的な算出根拠は別表六「同業者率表(昭和五七年分)」記載のとおりである。
(4) 事業所得の金額 七五二万〇一五〇円
昭和五六年分と同様と方法により算出した数値である。
(四) 昭和五八年分について
(1) 売上原価 四三六二万二八七三円
山崎篤太郎ほか二八名からの仕入金額の合計額である。その内訳は別表四「仕入金額一覧表」の昭和五八年分の欄記載のとおりである。
(2) 差益率 二八・四三パーセント
昭和五六年分と同様の方法により算出した数値である。その具体的な算出根拠は別表七「同業者率表(昭和五八年分)」記載のとおりである。
(3) 所得率 一二・七八パーセント
昭和五六年分と同様の方法により算出した数値である。その具体的な算出根拠は別表七「同業者率表(昭和五八年分)」記載のとおりである。
(4) 事業所得の金額 七七八万九五八〇円
昭和五六年分と同様の方法により算出した数値である。
以上のとおりであるから、右推計課税は合理性を有しているというべきである。
4 本件各課税処分の適法性
前記推計によって算出された本件係争各年分の原告の事業所得金額は本件各更正処分において認定された原告の事業所得金額をいずれの年分についても上回っているから、本件各更正処分は適法である。
本件過少申告加算税賦課決定は、本件各更正処分により新たに納付すべき本件係争各年分の所得税額にそれぞれ一〇〇分の五の割合を乗じて計算した金額を過少申告加算税としたのであるから、本件各過少申告加算税賦課決定処分もまた適法である。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の(一)の事実のうち、原告が肩書住所地において「山崎園」の名称で茶の小売業を営んでいること、原告はその所得税について青色申告書以外の申告書で申告している者であること、原告が提出した本件係争各年分の確定申告書には、事業所得金額以外の収入金額等の記載がないこと及び原告が長期間にわたって税務調査を受けていないことは認めるが、その余は不知。所得税法上、確定申告書には事業所得の金額を記載すれば足りるのであり、その余の事項の記載は要求されていない。また、長期間にわたって所得税調査をしていないことは調査の必要性を理由付けるものではない。
(二)の事実のうち、昭和五九年五月二二日に篠崎係官が原告宅を訪問したこと、その日は調査を行わず、篠崎係官において後日再度訪問することとし、その日時を同年六月六日午前一〇時とすることについて原告の了解を得たことは認めるが、その余は否認する。
(三)の事実のうち、篠崎係官が右同日午前一〇時ころ原告宅を訪問したこと、その際原告宅には原告のほかに川口民主商工会の金井が待機していたこと、篠崎係官が金井の退席を求めたこと及び原告らが篠崎係官に対し具体的な調査理由の開示を求めたことは認めるが、その余は否認する。原告らは篠崎係官に対し再三にわたり具体的な調査理由の開示を求め、これが明らかにされれば調査に応じる用意がある旨告げたが、篠崎係官はこれに応じようとはしなかった。更正又は決定のための税務職員による質問検査権の行使は申告納税額に合理的な疑いがある場合に限って認められるのである。原告が強く理由の開示を求めたのはこの点についてであるが、篠崎係官はこれに全く応じようとせず、抜き打ち的に調査を強行しようとしたのである。これは憲法第三一条に規定する法定手続保障の精神に反することであり、原告が調査理由の開示を求めたのは納税義務者として当然のことである。
(四)の事実のうち、篠崎係官が同年七月五日原告宅を訪問したことは認めるが、その余は否認する。このときも、原告は調査の具体的理由の開示を求めたが、篠崎係官がこれに応じようとせず、そのため調査がそれ以上進展しなかったものである。
(五)の事実のうち、篠崎係官が同年一一月二八日午前九時三〇分ころ、原告宅を訪問したことは認めるが、その余は否認する。篠崎係官は、反面調査の結果による原告の推定所得金額を告げ、「このままでいくと、昭和五六年分ないし同五八年分の所得の更正金額が一〇〇〇万円に達する。」、「もう一度考え直して資料を見せてほしい。」旨述べたが、原告は今までと同様の対応をしたものである。しかし、篠崎係官が原告に対し修正申告の方法もあることを説明した事実はない。
2 同2の(一)、(二)の主張は争う。
原告が川口民主商工会事務局員の金井の立会いを求めたのは、予てから金井が原告の税務申告に協力し、助言をしてくれていたので、係官の質問に対しても金井の方が正確な応答ができると思ったからである。また、原告は、かつて、川口民主商工会の会員に対してされた税務当局による調査の多くが、事前の通知や調査理由の開示もなく相手方の言い分を無視した、一方的かつ強権的なものであったことを聞かされていたので、金井に立ち会ってもらって、原告に対する税務調査に行き過ぎがないよう監視してもらうこともその目的の一つであった。これもまた納税義務者としての当然の権利行使であり、篠崎係官が執拗に金井の退席を求めたのは明らかに行き過ぎである。
自主申告納税制度を採用し、申告によって税額が確定することを原則として、税務署長の更正又は決定により税額を確定することを例外としているわが国の租税法の下では、税務署長がする税務調査は、納税義務者の行う申告あるいは暦年の終了を待たなくてはならないし、納税義務者について疑うに足りる客観的な嫌疑が存在していなければならない。この調査は処罰を伴うものである以上、納税義務者にはその調査に応じるか否かを、また応じるとした場合いかなる範囲について応じるかの判断をさせるため、税務職員は調査の具体的理由を開示し、その協力を求めなければならないと解すべきである。また、いわゆる反面調査は、納税義務者にとって、取引先の信用を損なうことに直結し、しかも現在の社会状況では納税義務者の人格さえ疑われるということになるおそれがあるから、反面調査をするための要件は厳格に解されるべきであり、納税義務者に対する調査だけではどうしても課税標準及び課税額等の内容の把握ができないことが明らかになった場合に限りかつその限度においてはじめて可能となるのである。
本件においては、原告は、調査に際して、篠崎係官に対し、何度も具体的な調査理由を開示するよう求め、この要求が容れられるならばいつでも調査に応ずる用意があるとの態度をとっていた。しかし、篠崎係官は帳簿書類等の提示を求めるのみで、何ら具体的理由を開示しようとせず、原告がこれを理由に帳簿書類等の提示を拒むと、直ちに、一方的に反面調査を開始したのである。このように、被告による反面調査はその要件に該当する事実なくして行われたのであり、租税法の要求する適正な法定手続を逸脱した違法なものである。
3 同3の(一)の事実は不知。
被告は、推計の方法としていわゆる比率法のうち同業者率法の採用を主張するが、被告のいう比準同業者の抽出基準は、原処分時のそれと異なっており、訴訟になって突如言い出したものである。同一の行政庁が、原処分の段階とその取消訴訟の段階とで基礎的な比準同業者の抽出基準を変更すること自体、その推計の合理性を疑わざるを得ないし、このようなやり方は、原告に不意打ちを与えるものであり許されない。
また被告の比準同業者の抽出基準は、立地条件、店舗面積、雇人等の重要な要素をすべて捨象したものであり、統計的合理性の前提条件を欠いている。原告の店舗は、JR京浜東北線・蕨駅東口から徒歩約六分の商店が比較的少ない住宅街にあり、付近には競合する店舗が数店あるのみならず、道路の真向かいに「スーパーイイダ」があり、これと原告の店舗とはほとんどの商品が競合している。原告は、このような条件の下で月に一度は売出日を設け、茶については市価の半額、牛乳については仕入原価を割った値段で販売するという工夫、努力をしているのである。また、原告の店舗は面積が六・二五坪、二階が家族の住居部分という借家であり、従業員は妻のほか、パートタイムが一人ないし三人という零細な規模のものである。被告は、このような原告の特殊事情、営業実態を無視した比準同業者の抽出基準で推計を行っており、これが合理性を欠くものであることは明らかである。
(二)の事実のうち、本件係争各年分について、(1)売上原価は否認する。(2)差益率は不知。(3)所得率は不知。(4)事業所得金額は否認する。
4 同4の主張は争う。
五 再抗弁
原告の総所得金額の実額は次のとおりである。
1 昭和五六年分について
(一) 売上金額 四九一五万七三〇一円
内訳は別表八記載のとおりである。
(二) 売上原価 三八一七万二〇一八円
右は期首棚卸高八九二万二一七〇円に当期仕入高三八二九万二九二八円を加えたものから期末棚卸高九〇四万三〇八〇円を控除したものである。
(三) 必要経費 九〇三万八二九五円
内訳は別表九記載のとおりである。
(四) 総所得金額 一九四万六九七七円
右は前記(一)売上金額から(二)売上原価及び(三)必要経費を控除したものである。
2 昭和五七年分について
(一) 売上金額 五一五一万九〇七九円
内訳は別表一〇記載のとおりである。
(二) 売上原価 三九〇四万九六九二円
右は期首棚卸高九〇四万三〇八〇円に当期仕入高三九八八万五三五八円を加えたものから期末棚卸高九八七万八七四五円を控除したものである。
(三) 必要経費 九六五万三〇九二円
内訳は別表一一記載のとおりである。
(四) 総所得金額 二八一万六二九四円
右は前記(一)売上金額から(二)売上原価及び(三)必要経費を控除したものである。
3 昭和五八年分について
(一) 売上金額 五五三三万四三七〇円
内訳は別表一二記載のとおりである。
(二) 売上原価 四三五九万二六四二円
右は期首棚卸高九八七万八七四五円に当期仕入高四三六二万二八七三円を加えたものから期末棚卸高九九〇万八九七六円を控除したものである。
(三) 必要経費 九四九万六一三三円
内訳は別表一三記載のとおりである。
(四) 総所得金額 二二四万五五九五円
右は前記(一)売上金額から(二)売上原価及び(三)必要経費を控除したものである。
六 再抗弁に対する認否
再抗弁のうち、本件係争各年分の仕入金額が原告主張のとおりであることは認めるが、その余はすべて否認する。
原告が売上高の実額を立証する証拠とする売上明細署は、現金売上帳(日計簿)と売掛金明細(請求書控)から作成され、右前者の日計簿はレジペーパーを基にして作成されたことになっている。しかしながら、レジペーパーは日計簿に記載されたものの一部しか保管されておらず、現金売りによる売上金額のすべてがレジペーパーに打ち込まれていることを裏付ける証拠資料はない。また、日計簿の記載のうち、任意に抽出した一部の期間分の記載と保管されているレジペーパーの記載とを突合すると、一致しないものがあり、レジペーパーから日計簿への転記さえ正確に行われていないことが明らかである。掛売り分についても、売上げがあったことが明らかであるのに右後者の請求書控のないものがあり、すべての売上げについて請求書が発行され、その控が保管されているかどうかは疑問である。レジペーパーや日計簿は日常継続的に現金の出入金及び残高を正確に記録した現金出納帳の記載と合わせて検討することによりはじめて十分な証明力を持つものであり、レジペーパーや日計簿だけで現金売りによる売上高の実額を立証することは本来的に困難なことである。請求書控についても掛売りの都度継続的にその取引内容を記録した売掛帳があってはじめて証拠価値を有するに至るのであり、請求書控だけでは掛売りによる売上高の実額を立証する証拠としては不十分である。
原告が必要経費の実額を立証する証拠の一つとする経費明細書は領収書等から作成されたことになっているが、領収書等のなかには新聞代のように被告の個人生活上の支出とみられるものも含まれており、その記載上、費用の支出を立証する証拠としてはそれ自体不十分なものもある。減価償却費明細書にも償却資産の取得年月日及び取得価額の記載がなく、原告提出のこれらの証拠からでは必要経費の実額を立証するには不十分である。
第三証拠
本件訴訟記録中の「書証目録」及び「証人等目録」に記載のとおりである。
理由
一 請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、本件各課税処分の適否について判断する。
1 推計課税の必要性について
証人篠崎泰治の証言及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、当事者間に争いがない点を含めて次の事実を認めることができる。
(一) 原告はその所得税について青色申告書以外の申告書で申告する、いわゆる白色申告者であるが、原告については、(1)提出された本件係争各年分の確定申告書は事業所得金額以外の収入金額、必要経費の記載がないため、所得金額の計算の内容が不明であること、(2)原告と同規模程度の同業者と比較して所得金額が過少ではないかと疑われたこと、(3)長期間にわたって税務調査を行っていないことなどの事情があることから、西川口税務署所得税第二部門の統括国税調査官・石川太平は本件係争各年分の所得税について調査の必要があると判断し、同部門の国税調査官(篠崎係官)に調査の実施を指示した。
(二) 篠崎係官は昭和五九年五月二二日、事前の通知なしに原告宅を訪れ、対応に出た原告に身分証明書等を提示して来意を告げたうえ、所得金額の確認をしたいので、確定申告の基となった売上げ、仕入れ及び必要経費等の関係書類を見せてほしい旨を要請した。しかし、原告は「民商の人にお願いしてある。」、「今日は忙しいから後にしてくれ。」と言い、調査に応じようとしないため、篠崎係官は、後日再度訪問することとし、次の調査日時を同年六月六日午前一〇時とすることについて原告の了解を得たうえ、次回には確定申告の基となった関係書類を用意しておいて、調査に協力してほしい旨を要望して、原告宅を辞去した。
(三) 篠崎係官が右同日午前一〇時ころ、原告宅を訪れたところ、そこには原告のほかに川口民主商工会事務局の金井道男が待機していた。そこで、篠崎係官は原告に対し「今日は山崎さんの所得税調査でお伺いしているのであるから、関係のない第三者を退席させて調査に協力してほしい。」と要請した。ところが、原告は「頼んで来てもらっているのであるから退席させる必要はない。」と言い、右要請に全く応じようとしなかった。また、原告が「調査理由はないか。」と詰め寄ったので、篠崎係官は、所得金額の確認のためであることを説明したうえ、重ねて調査に協力するよう要請したが、原告は「具体的な調査理由を開示しなさい。」、「売上げのレジペーパー、仕入伝票や必要経費の領収書は保存しているが見せられない。」と言うのみで、調査に協力しようとしなかったため、篠崎係官はやむなく原告宅を辞去した。
(四) 同年七月五日、篠崎係官は事前の通知なしに原告宅を訪れ、対応に出た原告に再度調査協力の要請をしたが、双方の間で前回同様の応酬があったのみで、原告は調査に応じる姿勢を示さなかった。そこで、篠崎係官は「調査に協力してもらえないのであれば、税務署独自で調査を行うが、調査に協力するつもりになったら署に連絡してほしい。」旨を言いおいて原告宅を辞去した。
(五) その後も、原告から何の連絡もなかったため、篠崎係官は、これ以上原告宅を訪問しても調査に協力は得られないと判断し、上司と協議のうえ、原告の取引先に対する反面調査によって収支の状況を解明することとし、右反面調査に着手した。
(六) しかし、その後も、篠崎係官は同年一一月五日、原告宅を訪れたが、原告は不在であり、後刻原告から電話で連絡があったが、以前と同様の応酬が繰り返されたに止まった。さらに、篠崎係官は、事前に通知して同月二八日午前九時三〇分ころ原告宅を訪れ、再度協力を要請したが、原告は同席した金井とともに、調査には協力できない旨の従前の主張を繰り返すのみであった。同年一二月三日には、篠崎係官は原告に対し、電話で、原告だけが面接するのであれば、反面調査の結果により把握した所得金額等について説明する旨を告げたが、原告は一人で篠崎係官と会うことを拒否した。さらに、篠崎係官は同月七日原告宅を訪れたが、従前と同じことが繰り返されたに止まった。
以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
右事実によれば、原告の本件係争各年分の所得金額については、原告から、これを実額で把握するのに必要な帳簿書類若しくは原始記録の提示がなく、税務職員による調査についても原告の協力が得られなかったのであるから、税務当局としては、推計による以外に原告の申告に係る所得金額に誤りがないかどうかを確認する方法はなかったといわなければならない。したがって、本件各更正処分については推計課税の必要性は存在したというべきである。
原告は、(1)調査に際し、篠崎係官が具体的な調査理由を開示しなかったこと、(2)篠崎係官が川口民主商工会・金井事務局長の退席を執拗に求めたこと、及び(3)原告が、調査理由さえ開示されればいつでも調査に協力するとの態度を示しているのに、被告が一方的に反面調査を開始したことの三点を挙げ、調査手続の違法を主張する。
しかしながら、申告納税方式をとる国税についても、税務署長は申告に係る課税標準又は課税額等に誤りがあるときは更正をすることができるのであり(国税通則法第二四条)、そうだとすれば、税務署長はその権限を行使するための前提として必要な事項の調査をすることができるのは当然のことである。そして、この調査は申告に係る課税標準又は課税額等に誤りがある疑いが客観的に存在している場合ばかりでなく、申告に係る課税標準又は課税額等の内容、とくにその算定根拠が明らかでない場合にもこれを行うことができると解すべきである。というのは、後者のような場合でも、調査の結果、申告に係る課税標準又は課税額等に誤りがあり、更正を必要とすることが判明することもあり得るからである。所得税法第二七条第二項は「事業所得の金額は、その年中の事業所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額とする。」と規定しているところ、原告から提出された本件係争各年分の確定申告書には事業所得の金額のみが記載されているだけで、総収入金額や必要経費の記載がなかったことは前認定のとおりであり、そうだとすれば、被告としては、右事業所得の金額の算定根拠が明らかでないとして原告を調査対象者に選定し調査を開始したことには相当な理由があり、調査に際し、篠崎係官が原告に対し、このことを具体的に開示していることは前認定のとおりである。この点についての原告の主張は、税務当局による調査は申告に係る課税標準又は課税額等に誤りがある疑いが客観的に存在する場合に限定されることを前提としたものであって、採用することはできない。
次に、税務調査を実施する場合、これをどのように実施するか、その範囲、程度、時期、場所等の細目については実定法上特段の定めがなく、したがって、この点については、調査の必要性と調査を受ける者の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度に止まる限り、調査を担当する税務職員の合理的な判断に委ねられていると解するのが相当である。このことは、調査の場に第三者の立会いを認めるかどうかについても同様であるところ、調査においては、その性質上、調査を受ける者に属する事柄ばかりでなく、その取引関係者等の第三者に係る事柄もまたその対象となることは避けられないことであり、本件において、篠崎係官がその立場上第三者の利益保護の見地から川口民主商工会・金井事務局員の退席を求めたのは、原告と金井との前認定のような関係からすれば、理由がないわけではなく、これが社会通念上相当な限度を超えた不当な措置ということはできない。
また、いわゆる反面調査も税務調査の方法の一つであるから、前述したと同様、これを実施するかどうか、実施する場合、その範囲、程度等の実施細目については、調査の必要性と調査を受ける者の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度に止まる限り、調査を担当する税務職員の合理的な判断に委ねられていると解するのが相当であるところ、前認定の事実によれば、本件においては、原告は、篠崎係官による面接調査に対して、具体的な調査理由が開示されないとして、これが開示されない限り、調査に応じられないとの態度に終始し、そのため篠崎係官は原告との面接による調査を断念し、原告の商品仕入先について反面調査を実施してその仕入先からの本件係争各年分の仕入金額を把握したものであって、篠崎係官のとった措置は社会通念上相当な限度を超えるということはできない。
2 推計課税の合理性について
(一) 売上原価について
原告の本件係争各年分の仕入金額が被告主張のとおりであることはいずれも当事者間に争いがない。
被告は、原告の事業内容及び事業規模に著しい変動があったとは認められないことから、右仕入金額をもって売上原価とし以後の推計の基礎としている。反面調査の結果、被告において実額で把握できたのは右仕入金額のみであり、期首、期末の棚卸高等については原告の協力がないため判明しなかったというのであるから、被告が推計の段階で期首、期末の棚卸高を同額とし、仕入金額を売上原価としたのもやむを得ないことであって、そうしたことには合理性があるというべきである。
(二) 証人岡芹光夫の証言及びいずれもこれにより真正に成立したと認められる乙第二ないし第八号証の各一、二によれば、関東信越国税局長名の一般通達により、被告は、比準同業者として、原告の納税地を所轄する西川口税務署管内並びに近隣の浦和、大宮、川口、川越、所沢、春日部及び越谷の各税務署管内に納税地を有し、原告と同様に「茶の小売業」を営む個人事業者のうちから、(1)本件係争各年分の所得税を、いわゆる青色申告で確定申告した者であること、(2)本件係争各年分につきその「売上原価」が原告の売上原価のおよそ二分の一以上、二倍以下の範囲内にあること、(3)右各年分において、一年を通じて茶の小売業を継続して営んでいること、(4)災害等により、経営状態が異常であると認められる者を除き、税務署長から更正又は決定処分を受けている者にあっては、国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間の経過しているか若しくは当該処分に対する不服申立中及び訴訟中でないことに該当するすべての事業者を抽出したこと、抽出した比準同業者について、それぞれ本件係争各年分毎に売上金額、差益金額、所得金額、差益率、所得率を求め、これらの数額を基礎として、本件係争各年分毎に平均差益率、平均所得率を算出したのであり、その数額は別表二ないし四の本件係争各年分の「同業者率表」のとおりであることが認められる。右事実によれば、被告主張の本件係争各年分の平均差益率、平均所得率算出のために抽出された比準同業者は、原告と同じ西川口税務署管内並びにこれに隣接する浦和、大宮、川口、川越、所沢、春日部及び越谷の各税務署管内に納税地を有する者であって、事業規模が類似しており、経営状態が異常な者を除き、税務署長から更正又は決定処分を受けている者にあっては、国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間の経過している者か若しくは当該処分に対する不服申立中及び訴訟中でない者をすべて抽出したというのであるから、同業者の抽出基準には合理性があり、その作業には恣意が介在する余地は認められない。したがって、被告の本件係争各年分の原告の所得金額の推計の方法には合理性があるということができる。
(三) ところで、原告は、右比準同業者の抽出基準は被告が原処分の段階で採用したのとは異なっており、訴訟の段階でこれを変更することは原告に不意打ちを与えるものであるから許されない旨主張する。しかしながら、推計課税は課税標準を認定する一方法にすぎないから、被告が本件訴訟の段階で新たに同業者を抽出して異議決定書における売上金額と相違する売上金額を主張することは許されないことではなく、そのために原告の防禦権の行使が妨げられるとは解されない。
また、原告は、被告が採用した比準同業者の抽出基準では、原告店舗の立地条件、店舗面積、雇人の数等の重要な要素を考慮しておらず、統計的合理性の前提要件を欠いている旨主張する。しかしながら原告の事業規模の基本的条件は、右比準同業者の抽出過程においてその売上原価を本件係争各年分の原告の売上原価のおよそ二分の一以上二倍以下の範囲に抑え、右各年分において、一年を通じて茶の小売業を継続して営んでおり、災害等により、経営状態が異常であると認められる者を除くという条件を付加することによって考慮されているのであって、原告主張のような個別的な営業条件の違いは、比準同業者比率を使用する推計方法が許される以上、これを殊更に斟酌しなくとも、推計の合理性を欠くことにはならないものと解すべきである。
3 本件各処分の適法性
本件係争各年分の原告の前記仕入金額に比率法を使用して算出した所得金額は被告主張のとおりであって、本件各更正処分に係る所得金額を上回るので、本件各更正処分には原告主張の違法事由はなく、右所得金額を基礎に賦課された本件各過少申告加算税賦課決定処分も適法である。
三 進んで、原告の実額反証の再抗弁について判断する。
原告の主張は、要するに、被告の推計により把握された事業所得金額よりも、実額による事業所得金額の方が少額であるとして被告の推計による課税を覆そうというものであるところ、推計課税は、その必要性がある場合に合理的な方法により算定された金額をもって所得金額とする一つの課税方法であり、実額課税と並ぶ一つの実定法上の制度であって事実上の推定を法規化したものではないのであるから、これを覆すには原告主張の事業所得の実額は、それが真実の所得金額に合致することを合理的な疑いを容れない程度に、還元すれば、当該年分の所得はそれで全てであることを立証しなければならないと解するのが相当である。
これを本件についてみるのに、所得税法上、事業所得の金額は、その年中の事業所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額とされているのであるから(同法第二七条第二項)、これを実額で把握するためには、よほどの単純、小規模な事業でもない限り、事業に関して生ずる収入、支出の一切を最大もらさず記録した会計帳簿の存在が必要不可欠である。しかしながら、原告の事業については、いずれの本件係争年分についても、右のような会計帳簿が存在している形跡はみられない。
原告は、所得金額の実額を立証するための証拠として、本件係争各年分の売上金額について本件係争各年分の売上一覧表(甲第六号証の一ないし一二、同第一〇号証の一ないし一二及び同第一四号証の一ないし一二)を、必要経費について本件係争各年分の経費一覧表(甲第七号証の一ないし一二、同第一一号証の一ないし一二及び同第一五号証の一ないし一二)を、減価償却費について本件係争各年分の減価償却明細(甲第九、第一三及び第一七号証)を、昭和五六年ないし同五九年の各年頭における実地棚卸高について甲第八号証の一ないし四、同第一二号証の一、二及び同第一六号証の一、二を提出する。そこで、以下その証拠力について検討する。
1 売上金額について
原告本人尋問の結果によれば、前示の本件係争各年分の売上一覧表は、現金売上げについては本件係争各年分の日計簿(甲第一八及び第一九号証)を、掛売りについては本件係争各年分の請求書の控綴り(甲第二〇ないし第二四号証)を、それぞれ原始資料として作成されたものであることが認められるが、前述したとおり、実額反証を成功に導くためには、原告主張の売上金額がすべての取引先からの総売上金額であることを立証しなければならないところ、右証拠からではその立証は次のとおり不十分である。
すなわち、現金売上げに係る前示の日計簿の根拠資料であるレジペーパーは、日計簿記載分のすべてについては存在していないばかりか、成立に争いのない乙第九号証の一ないし一七によれば、保存されているレジペーパーと日計簿間の記載自体にも齟齬があり、日計簿はそれ自体証明力が低いものというほかはない。原告は、その本人尋問において、レジペーパーと日計簿間の記載の齟齬について、レジ係従業員のレジ操作の過誤によること、客へのサービスとして原告において負担した送料がレジペーパーに表示されないこと、商品の返品額がレジペーパーに表示されないことなどをその理由として挙げるが、そのこと自体を認めるに足りる証拠はない。
掛売りについては、根拠資料として前示の本件係争各年分の請求書の控綴りが提出されているが、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第一二号証及び原告本人尋問の結果によれば、掛売りしたもののなかには請求書控が保存されていないか、そもそも請求書控が存在しないものもあることが認められる。これによれば、前示売上一覧表に記載されていない掛売りも存在することとなり、掛売りのすべてを前示甲第二〇ないし第二四号証(請求書控)から把握できるとする原告の主張と矛盾し、これに沿う原告の供述はたやすく採用できない。
2 必要経費について
原告は、必要経費について、前示の本件係争各年分の経費一覧表の根拠資料として、領収書等(甲第二五ないし二七号証、第三一、第三二号証)を提出しているが、原告本人尋問の結果によれば、必要経費として計上されているチラシ折り込み料については領収証が一部ないものがあることが認められる。また、旅費交通費については前示経費一覧表には計上されているが、これを証明する証拠はない。
また、右資料からでは、支出された費用と収入との対応関係が明らかでなく、費用のなかには新聞購読料(甲第二五号証の七、二九及び三〇外)のように原告の私生活上の支出に係るものではないかと疑われるものも含まれている。
3 減価償却費について
減価償却費については、個々の減価償却資産の取得年月日、取得原価及び右資産を事業に供していることを証明する証拠はない。
4 実地棚卸について
昭和五六年ないし同五九年の各年頭における実地棚卸高について記載した甲第八号証の一ないし四、第一二号証の一、二及び第一六号証の一、二は、そこに記載されている棚卸商品の金額は単価の異なる商品ごとにその数量に単価を乗じて算出したものと推測はできるが、その単価は何によるものなのか、これを明らかにする証拠はなく、商品についてはその具体的な表示もない。また、その合計額は原告の主張の金額と一致しておらず、直ちに採用することはできない。
以上の次第であって、原告によるいわゆる実額反証は、原告において事業所得として主張する金額が真実の所得金額に合致することを合理的疑いを容れない程度に立証しえたとは到底いえず、原告の再抗弁は理由がない。
四 よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大塚一郎 裁判官 小林敬子 裁判官 佐久間健吉)
別表一
昭和五六年分
<省略>
別表二
昭和五七年分
<省略>
別表三
昭和五八年分
<省略>
別表四
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仕入金額一覧表
<省略>
別表五
同業者率表(昭和56年分)
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別表六
同業者率表(昭和57年分)
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別表七
同業者率表(昭和58年分)
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別表八
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別表九
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別表一〇
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別表一一
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別表一二
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別表一三
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